大判例

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最高裁判所第一小法廷 平成4年(オ)1878号 判決 1995年6月29日

上告人

辻隆司

右訴訟代理人弁護士

西垣義明

被上告人

学校法人萩原学園

右代表者理事

萩原春樹

右訴訟代理人弁護士

佐々木黎二

原康雄

田原大三郎

主文

原判決を破棄する。

本件を東京高等裁判所に差し戻す。

理由

上告代理人西垣義明の上告理由第一及び第二について

一  本件訴訟は、被上告人が上告人に対して原判決別紙物件目録記載の各土地(面積合計1695.86平方メートル。以下「本件土地」という。)につき賃借権を有することの確認を求め、上告人が反訴請求として、本件土地の賃貸借の終了を理由にその明渡し等を求めるものであるが、原審の確定した事実関係の概要は、次のとおりである。

1  被上告人の代表者である萩原春樹は、本件土地の南側に隣接する同人の所有地(面積合計733.87平方メートル。以下「園舎敷地」という。)において幼稚園を経営していたところ、周辺に団地が造成されるなどして園児の増加が見込まれたため園舎を増設することとしたが、これにより右幼稚園の運動場がなくなるため、その用地として、上告人の父である亡辻甲一から本件土地を賃借した(以下、これを「本件賃貸借」という。)。本件賃貸借の契約締結の時期は、昭和四一年五月ころ以降の日である。萩原は、右賃借後、自己の費用により本件土地を幼稚園の運動場として整備し、これを園舎敷地と一体的に使用してきた。

その後、昭和四八年に被上告人が設立されて本件土地の賃借権を承継し、昭和五一年に甲一が死亡して上告人が賃貸人の地位を承継した。また、被上告人は、昭和四八年三月、園舎敷地に鉄骨陸屋根二階建ての新園舎(床面積611.22平方メートル)を建築した。

2  本件賃貸借の成立に当たり、権利金等が授受された形跡はなく、甲一と萩原との間において昭和四四年三月二六日に作成された土地賃貸借契約公正証書によれば、本件賃貸借の目的は運動場用敷地、期間は二年とされていた。その後、昭和四九年三月二九日、本件賃貸借の期間を昭和五一年三月二七日までとする土地賃貸借契約公正証書が作成され、さらに、昭和五五年二月七日には右期間を昭和五九年四月四日までとする調停が、昭和五九年一〇月一一日には右期間を平成元年三月三一日までとする調停がそれぞれ成立し、これらにより本件賃貸借の更新がされた。なお、昭和五五年二月七日の調停成立の際には、本件賃貸借の期間を昭和五九年四月四日までと定めるものの、その時点で双方話合いの上更新することに異議がない旨の念書が被上告人に差し入れられた。

3  被上告人の幼稚園の園児数は、昭和四九年以後増加し、昭和五二、三年ころまでは一二クラス、九八〇名であったが、その後減少し、平成二年当時は七クラスであった。文部省令等により定められている幼稚園設置の基準によれば、一二クラスの場合に必要な運動場の面積は一一二〇平方メートル、七クラスの場合は七二〇平方メートルである。

二  原審は、右事実関係の下において、本件賃貸借は、本件土地の上に建物を所有することを目的とするものではないが、隣接の園舎敷地における建物所有の目的を達するためにこれと不可分一体の関係にある幼稚園運動場として使用することを目的とするものであるから、借地法の趣旨に照らし、同法一条にいう「建物の所有を目的とする」ものというべきであるとし、本件賃貸借がされた当時、園舎は木造二階建ての建物であったから、その存続期間は同法二条一項により三〇年となるところ、原審の口頭弁論終結時までに右期間が満了していないことが明らかであるとして、被上告人の本訴請求を認容し、上告人の反訴請求を棄却すべきものと判断した。

三  しかしながら、原審の右判断は是認することができない。その理由は次のとおりである。

原審の確定した事実関係によれば、本件賃貸借の目的は運動場用敷地と定められていて、上告人と被上告人との間には、被上告人は本件土地を幼稚園の運動場としてのみ使用する旨の合意が存在し、被上告人は現実にも、本件土地を右以外の目的に使用したことはなく、本件賃貸借は、当初その期間が二年と定められ、その後も、公正証書又は調停により、これを二年又は四年ないし五年と定めて更新されてきたというのであるから、右のような当事者間の合意等及び賃貸借の更新の経緯に照らすと、本件賃貸借は、借地法一条にいう建物の所有を目的とするものではないというべきである。なるほど、本件土地は、被上告人の経営する幼稚園の運動場として使用され、幼稚園経営の観点からすれば隣接の園舎敷地と不可分一体の関係にあるということができるが、原審の確定した事実関係によれば、園舎の所有それ自体のために使用されているものとはいえず、また、上告人においてそのような使用を了承して賃貸していると認めるに足りる事情もうかがわれないから、本件賃貸借をもって園舎所有を目的とするものということはできない。

以上と異なる原審の判断には借地法一条の解釈適用を誤った違法があり、右違法は原判決の結論に影響を及ぼすことが明らかである。この点をいう論旨は理由があり、上告人のその余の論旨について判断するまでもなく、原判決は破棄を免れず、更に審理を尽くさせるため、本件を原審に差し戻すこととする。

よって、民訴法四〇七条一項に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官三好達 裁判官大堀誠一 裁判官小野幹雄 裁判官高橋久子 裁判官遠藤光男)

上告代理人西垣義明の上告理由

第一、原判決は、本件土地賃貸借の目的についての認定判断を誤り、ひいては借地法の解釈適用を誤ったものであって、この違法は、原判決の結論に影響を及ぼすことは明らかである。

すなわち、

一、まず、原判決は、借地法一条にいう「建物の所有を目的とする」ものでないことが明白な「運動場敷地」まで無理な拡張解釈をなして同法一条にいう「建物の所有を目的とする」ものというべきであると結論づけている違法が存在する。

同法一条の「建物の所有を目的とする」とは、その借りた土地上に主として建物を築造し、これを所有する場合をいうのであって、同土地上に建物を築造、所有する場合であってもそれが借地使用の主たる目的でなく、その従たる目的にすぎないときは、該当しないのであって(最高裁判所昭和四二年一二月五日最民二一・一〇・二五四五)右判例にも違背する。

二、本件土地の賃貸借契約は、文言上「運動場敷地」と明らかに明記され、公正証書契約にて締結しているものであって、被上告人はもとより誰もが、借地法の適用なき土地の賃貸借契約で二年毎の更新に応じてきたものである。

三、上告人としても「運動場敷地」として貸すものであり借地法の適用なきものとして賃貸借当時に権利金等も授受しないで賃貸したものであって上告人のこのような事情も十分考慮されなければならない(東京地方裁判所昭和四五年二月二六日判タ二五一・二九八)。

四、一般に今まで貸地に対し借地法の適用の有無が問題になった事案の大部分が、貸した土地に附属的な建物を建てた場合に借地法の適用ありや問題になったもので、例えばゴルフ練習場の附属建物、バッティングセンターの附属建物、ゴルフ場のクラブハウス等でいずれも借地法の適用ないと判断されている(最高裁判所昭和五〇年一〇月二日判時七九七・一〇三)。

五、本件土地については、借地上に附属建物を建てたために借地法の適用ありや問題になった事案でなく、「運動場敷地」を「運動場」として借用使用している事案であって投下資本もかかっていないものでもともと借地法の適用ありや否やの議論すらない明らかに借地法の適用なき事案である。本件事件も被上告人からさらに五年延長してもらいたいとの申出に対し、仮換地処分により他の場所に移動するので、上告人としてはこの機会を逸しては返還をうけにくいため更新を拒絶し、裁判になったものであるが、もともと被上告人自身も借地法の適用があるとは思っていなかった事案である。

六、借地法の適用があるためには、貸した土地上に建物を建てるという前提が最低条件として必要である。

もし、かように解しなければ、借主の所有地の建物の築造、建替えに貸した土地(借地)の存続期間等左右され不都合なことがおこりうるのである(借地法七条等)。

しかも、賃貸人において右建物の築造、建替えを借地人の所有地であるため止める等一切異議もいえないことから不合理なことは明らかである。

七、かような運動場敷地の賃貸借まで借地法の適用があるとすれば誰もがたとえば隣地所有者に隣地を駐車場敷地として貸すとその隣地所有者のビル、店舗のため必要不可欠なものとして駐車場敷地が借地法の適用ありと争われ、紛糾、収拾がつかなくなり、土地を貸す人はなくなり、無限にひろがる可能性があり拡張解釈もはなはだしいといわなくてはならない。現在社会において、車なくして生活できず、駐車場なくして事業が営めないことから借地法の適用を求めて争われることは必定である。

八、本年八月一日から施行された改正借地借家法の趣旨(借地供給激減のため改正され借地の供給増を図るため)にも逆行し、裁判例が借地供給減を拡張解釈により広げているといわれても過言でない。

第二、原判決の建物所有の目的を達するためにこれと不可分一体の関係にある幼稚園運動場は、同法一条にいう「建物の所有を目的とする」ものであるとする不可欠一体論は、拡張解釈の範囲を逸脱した違法なもので、原判決の結論に影響を及ぼすことは明らかである。

一、判例の中には(大阪地裁昭和二六年六月二六日・判タ一六・五七、東京地方裁判所昭和二年一一月二二日新報一三三・一八)、隣接地の建物を利用するための借地でこれと一体として使用する場合でもその適用があるとしたものもあるが(借地・借家法、有斐閣、星野英一著一一頁)、いずれも借地上に建物を所有し、借地の他の一筆に建物が存在しない場合のその一筆に借地法の適用がありやで争われたもので、その前提として借地上の建物の所有目的が存在し、その他の空地等にも借地法の適用ありと積極的に解釈した事案である。

二、本件土地は、これと異なり、本件土地上には建物を所有する目的は全くなく、あくまでも運動場敷地として使用する事案であってこのような場合までも借地法を適用することは、借地法ではなく、いわば貸地法(いずれの目的で貸しても引渡を受ければ対抗力があり、借地法の適用ありとする法律案)に等しいものになるといわなければならない。

三、不可欠一体論は、前記第一の七のとおりその適用を無制限に広げる可能性があり、終局的には建物所有目的以外にも借地法の適用を認めることになりかねない。

そこで、仮に不可欠一体論で認められるにしても特定の、極限された場合でなければならない。

例えば、借地上に建物が存在することが最低の条件として必要であるとか、自己所有地の建物建築に際し隣地の借地が建築確認申請で容積築、建ぺい率の対象にされたとか、借地部分の通路を通らねば出入できないとか限定された場合でなければならない。本件のような場合は絶対に認められないが仮に認めるとすれば、幼稚園設立時に隣地を運動場として賃借し、他に運動用地が確保できず、運動用地を除外すれば幼稚園経営が基準を満たさず存続が不可能であるとか、借主において他に転用できる土地が全くないとかの場合でなければならない。本件事件の場合、幼稚園設立時に本件土地を賃貸したものでもなく、かつ本件土地を除外しても被上告人の運動場の面積は基準を満たし、他に土地を有し仮換地により併合されているのである。被上告人の自助努力により基準を満している事案であり、このような場合まで保護する必要は全くないのである。

いずれにせよ、不可欠一体論の明確なる判断基準を求めるものである。

四、原判決は、幼稚園の認可基準で長期にわたり安定して使用する条件がある点を重視されているが、被上告人は、二年毎の更新では不安定で監督官庁から指摘されたので、少なくとも四年ないし五年の認可更新時期まで安定して借りられることが必要ということで上告人はやむなく和解調書で五年の更新に応じたものでおおむね次の認可更新時まで安定しておればよいのであって借地でなければならないものでなくむしろ運動場敷地として貸すのにすべて借地法の適用があるとすれば今後土地を貸す人は皆無となろう。幼稚園認可基準も借地法の適用ある借地でなければならないというのではなく、むしろ比較的安定した賃貸借をもとめているにすぎないのである。

第三、仮に借地法の適用が認められるとしても、使用収益の合理的な達成期間である二〇年であるべきであるのに原判決は、期間の定めなきものとして三〇年と認めている違法があり、原判決に影響することは明らかである。すなわち、

一、いわゆる普通建物の所有を目的とする土地の賃貸借契約において期間を三年と定めた場合には、無効となり、期間を定めなかったものとして契約の日から三〇年となるとする最高裁判所の判例(昭和四四年一一月二六日民集二三・一一・二二二一)があるが、右判例は、明らかに建物所有目的で土地を賃貸しながら脱法的に借主に極端に不利な短い期間を定めた場合には、国民の経済的損失およびその制裁的な意味あいを含めて期間は、三〇年となると判断されたものと思料する。

二、ところが本件事件は、上告人も被上告人も誰もが当初から運動場敷地として賃貸したもので借地法の適用なきものと誰もが疑わなかった事案における期間二年ないし五年の約定であり、そこには、国民的な経済的損失はもとよりその制裁的意味あいも全くない場合であり、にわかに右判例に従うことはできず、かような場合には、原則に戻り借主において合理的な相当な使用収益をおさめた期間である二〇年になると解するべきものである。

三、原判決の判断をおしすすめていくと、被上告人は、賃借後の昭和四八年に堅固な建物に建てかえており、その時点から三〇年ないし六〇年となり、全く不当な結論となりかねないもので具体的な妥当性を欠くものである。

四、原判決は、期間を二〇年と定めた旨の立証がないとして三〇年とするが、本件土地の賃貸借は、もともと運動場敷地として賃貸したものであり、期間を予め二〇年とか定めるはずがない事案であり、全く不合理な解釈でその結論は全く不当である。

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